明治学院大学 阿部浩己教授の講演 書き起こし

2020年12月12日 

2020年12月12日に、「女性国際戦犯法廷20周年オンライン国際シンポジウム」が開催されました。

杉並自然保守では、シンポジウムに参加した読者の方から、明治学院大学教授の阿部浩己(あべこうき)教授の講演「2000 年法廷から日本の植民地主義を問い直す」の書き起こしを寄稿いただきましたので、ここに掲載したいと思います。

阿部浩己教授の講演 書き起こし

2020 年 12 月 12 日
阿部浩己 明治学院大学国際学部 教授

– 2000 年法廷から日本の植民地主義を問い直す-

皆さんこんにちは。今ご紹介いただきました阿部でございます。

私は「2000 年法廷から日本の植民地主義を問い直す」というタイトルでお話をさせていただきます。

これまで日本軍慰安婦問題は、戦争責任論という文脈の中で論じられることが多かったわけですけれども、永原陽⼦さんが「植⺠地責任論」という本の中で、お書きになっておられる通り、慰安婦制度は、植民地支配、および、占領支配と密接不可分の関係にある性奴隷制であり、したがって、これらは植民地主義や奴隷制の過去に対する責任の問題と重なりあってくるものです。実際に法廷の共通起訴状の背景となる事実の中で、次のように言っています。

日本は 1895 年に台湾を植民地とし、その後、1905 年に朝鮮を支配下に収めた。1931 年に日本は満州を侵略、1932 年に上海、37 年に南京を攻略した。1937 年から 1945 年までの、この起訴状が扱う時期全般にわたって、日本が占領し、植民地化し、支配したアジアの国々から、推定何万人もの女性たちが、日本政府によって承認された「慰安所」において軍性奴隷として働くことを強制されたのである。このように法廷の起訴状は言っているわけです。

「法廷」は、極東国際軍事裁判と、それに続くアジア太平洋各地で開廷された、さまざまな軍事裁判の「再開または継続」というふうに位置づけられました。つまり「慰安婦」制度について被告人の責任を追及しなかった裁判の審理を改めてやり直すということです。ただし、単なる延長というわけではありません。植民地への関心を封じ込め、「慰安婦」制度について沈黙を強いた法の運用のしかたを抜本的に改めなおしています。

実際のところ、裁くことができる法的根拠がそこにあっても、裁くべき事実がそこにあっても、それらを目に見えるようにする肝心の認識枠組みがなければ、法は見過ごされ、事実も認定されないままに放りだされてしまうわけです。

法廷は日本軍慰安婦制度に埋め込まれた日本の植民地主義のあり方をえぐりだし、世界各地で本格的に告発され始めた植民地支配責任に法の光をあてていく、重要な契機を押し広げるものになりました。
19 世紀にその形を整えた国際法は、欧米なるものを「文明」の標準ととらえ、それを世界に行き渡らせていく、ということを使命としていました。これが「文明化の使命 」というふうに呼ばれるものです。

日本は、この欧米発の国際法を東アジアにあって、いち早く吸収し、この地域に行き渡っていた秩序を内側から壊していく植民地主義的な行動に突き進んでいきました。植民地支配が近代化に役に立つ良い行いであるという認識は、15 年に及んだ日韓国交正常化過程における日本側の発言、すなわち、日本の 36 年間の統治は、朝鮮にとって恩恵だった、というものですが、こうした発言に端的に表れ出ていたわけです。

実は、共通起訴状も判決も触れていないのですけれども、日本の植民地支配を論ずる場合には、1879 年の琉球王国併合を欠かすこともできません。国際法上の国家としての要件を整え、欧米諸国と条約も締結していた琉球王国を、日本は、「琉球処分」という名の下に、武力を背景にして国際法上の根拠なく、一方的に編入しました。1910 年の韓国併合を彷彿させるものでもあります。

琉球王国は以後沖縄県となり、北海道と改称されたアイヌモシリと並んで、日本の内なる植民地となって今日に至っているわけですけれども、「慰安婦」問題に関わって沖縄にむき出された差別意識というのは、浦崎成子さんの言葉を借りれば、占領地と同じ意識のもとに、大量の慰安所が設置された、という言葉に集約的に描き出されていると思います。

まぎれもない植民地主義と人種差別の側面が、ここに表れ出ているわけですが、実は国際法は強い国、あるいは、強者に有利に作用するような法の運用のされ方がされてきました。それによって植民地主義の実情が法の暗渠にうずめられてきてしまいました。

どのような運用のしかたであったかというと、第1は、国際と国内を二つに分ける運用のしかたです。たとえば大韓帝国、韓国の併合がそうであるように、植民地はいったん強国の領域に編入されてしまいますと、それはもう国際問題ではなく国内問題となって、国際法の関心が及ばないということになりました。
また第2に、本土と植民地を分ける運用のしかたもある。こうして植民地においては、さまざまなことが、本土では許されないはずなのに許される、ということが条約などによって許されてきたわけです。
3つめが、平時と戦時を分ける。戦争のような緊急事態の場合には普段であれば許されないことも許されるのだ、という考え方なわけですね。
そして最後に、現在と過去を分ける運用のしかたです。過去の出来事は、どんなに重大であれ、現在の基準をもって評価することは許されない、という考え方です。こうして植民地支配は過去の一時期に出現した不幸な出来事に過ぎない、として片付けられてしまってきたわけです。

こうした植民地支配に関わる問題は、こうした法の運用のしかたによって、国際法の暗渠に深くうずめられてきたわけです。日本軍性奴隷制問題はまさにその典型例でありました。

国際法を歪ませてきた、こうした法の運用のしかた、これを抜本的に改めていく認識を法廷は打ち出したわけです。なにも新しい法をつくりだしたわけではありません。本来あり得ておかしくない法のありかたを私たちの目の前に導き出してくれたわけです。

植民地主義の実情に国際法の光をあてるため、法廷はさまざまな法解釈を展開しましたが、その中でとりわけて強い力を発揮したのが、人道に対する罪、それと奴隷制という2つの法概念です。「法廷」は、これらの法概念をもって、本来的にもってる可能性を意欲的に引き出し、日本、軍人、天皇の法的責任を認定していくわけです。

法廷は実際、次のように言っているわけですね。

人道に対する罪の概念は、その民間人が自国民であるか、まさに植民地の人間であるかを問わず、いかなる人間に対する損害にも拡大した。この責任の原則は従って、交戦国が自国民に対して行った人道に対する罪にも及ぶ。よって日本は、そうした国際違法行為が植民地の人間と自国民のいずれに対して行われたかを問わず、その責任を免れない。

このように断言しているわけです。

さらに法廷は、これらの批判は占領地の民間人であったか否かに関わらず、朝鮮人および台湾人女性にも等しく適用される。こういう結論を示しています。ここでは、侵略戦争中の行為と重なるとはいえ、戦争犯罪あるいは戦争責任を超え出た植民地支配下における犯罪行為への責任が見定められている、ということになります。

他方で、植民地支配そのものの責任に「法廷」の判断は踏み込んでいません。そもそも踏み込む必要がなかったわけですけれども、しかし、おそらく、現代社会が植民地主義と対峙する先には、植民地支配の下で重ねられたひとつひとつの不正義に、人道に対する罪といった法概念をあてはめていくだけでなく、植民地支配そのものの法的責任を見定めることも欠かすことができなくなっていくと思います。

すでに 1943 年 11 月のカイロ宣言において、米中ロの3大国は、朝鮮の人民の奴隷状態に留意し、やがて朝鮮を自由独立のものにする決意を有する、という見解を表明したわけですけども、ここでは植民地支配それ自体が違法な奴隷状態になぞらえられて捉えられています。

さらに、国連の国際法委員会でも、「人類の平和と安全に対する犯罪」の中に「植民地支配その他の形態の外国の支配」を含ませよ、という試みもありました。1898 年のアメリカによるハワイ王国併合、これが先住人民の自決権を侵害する国際法違反であったとして、1993 年、アメリカ合衆国の両院合同決議において公式の謝罪表明がなされていることにも留意すべきだと思います。

このように、植民地支配そのものを法的に評価し直す営みというのが、世界各地に広がっているわけです。

東アジアにあってそれを象徴する司法判断。それが、2012 年 5 月 24 日の韓国大法院判決でありました。日本の不法な植民地支配が、この判決で認められたわけですけれども、大法院は、 2018 年 10 月・11 月に示した2つの判決の中で、日本の企業に対し元徴用工への損害賠償を命じています。大法院は韓国憲法のみに依拠して植民地支配を違法と判じていますけれども、実は国際法の観点からも、韓国の併合過程に、重大な過ちがあった、ということが指摘されるようになってきています。

他方で、1965年の日韓基本条約・日韓請求権協定締結時における日本政府の認識は、植民地支配は合法かつ正当というものでした。しかし 1990 年代以降、所属政党のいかんを問わず、歴代首相は植民地支配の不当性を認める見解に転じました。

その認識転換は、しかし、安倍晋三政権期に大きく動揺し、2018 年の大法院判決に対しても外務大臣が強硬な反発を示すに及んでいます。日本軍性奴隷制についても、「法廷」が説示するような植民地支配下での重大な犯罪行為であった、という認識がどれほど共有されているのかますます疑わしくなってきています。

植民地支配に関わる責任意識が政府において浮遊したままにある、ということもあって、日本では、朝鮮や中国、琉球などに向けたむき出しの差別を扇動する言動が社会を覆うようになっています。
内海愛子さんは、「植民地犯罪、朝鮮・台湾の植民地支配といった不問に付されてきた過去を問い直す可能性を、法廷は示した」と、「法廷」の意義を高く評価しているわけですが、実際に日本軍性奴隷制問題と正面から対峙した「法廷」は、確かに、植民地支配下における重大な不正義を法的に追及する民衆の壮大なチャレンジでした。

「法廷」の思想と実践は、植民地主義に連なる人種差別が社会に蔓延する現在であればこそ、いっそう細かく、その内容をたどり直してしかるべきものに他なりません。そしてこれに加えていえば、判決から 20 年ほど経った今、私たちは、日本の植民地支配それ自体の法的責任と正面から向き合う責務を強く自覚すべき時を迎えているように思います。

どうもありがとうございました。

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